ガスライター発売
ヒットしたガスライターと乾電池式掛け時計
“自力”で強い開発力きずく
昭和29年(1954)、裸式乾電池の生産を開始するものの、電池需要は懐中電灯やランプなど光の分野に用途が限定されており、需要は年間で1億個程度であった。
電池の需要を伸ばすためには、電池を使用する“入れ物”を作ることを思いつき、従来のランプや懐中電灯のような光だけに限らず、熱、音、動力エネルギーといった新しい分野に展開することを考える。
白金ロジュウム線に電流を流すと赤熱し、それをガスにあてると触媒作用でパッと火がつく。この原理を応用してガスライターをつくる。電化製品への応用第一号商品である。またたくまに200万世帯に行き渡った。
1個のガスライターには2個の電池が使われる。200万世帯で400万個。1年に4回取りかえると、年間1600万個の需要になる。昭和6年から24年間もかかって、ランプと懐中電灯では年間1億個の需要だったものが、1年間で1割6分もの需要を創出した。同時に、ガスライターも売れ、まさに“一石二鳥”であった。
これで勢いがつく。電池とヒーターをコンロの中に入れて、自動点火のガス器具を作る。次に時計を電池で動かす方法を検討する。昭和31年に「ナショナル電池時計株式会社」を設立し、乾電池の掛け時計を作った。
※社史史料の社名の表記は当時の名前で掲載しています。