生物多様性保全 エコロジカルネットワーク構想
パナソニックの草津工場における生物多様性保全活動への取り組み
パナソニック株式会社 草津工場は、古くから独特の自然環境を有する瀬田丘陵に位置し、周囲にはコナラやアカマツの里山林と農業用ため池が多く存在します。また、貴重な自然環境を有する琵琶湖と田上山地のほぼ中間に位置しています。
このように豊かな自然環境に恵まれた地で、当社は2011年10月に工場緑地の整備・保全を通して地域の生物多様性への貢献を目指す「エコロジカル・ネットワーク構想 in エコアイディア工場 びわ湖」を発表し、共存の森を中心とした生物多様性保全活動を進めています。
共存の森と周辺環境を結ぶエコロジカルネットワーク構想
エコロジカルネットワークとは、まとまりを持った樹林や草地、水辺など、生きものの生息地・繁殖地相互を緑地などの回廊(コリドー)でつなぎ、生きものの生息空間の確保を目指すものです。
具体的には、草津工場と周辺地域の動植物調査をおこない、どのような生きものが生息し、草津工場をどのように利用しているかを把握したうえで、生息環境として良好な条件を持つ緑地を「共存の森」として保全すると共に、工場敷地則面の緑地や並木を回廊として工場周辺の緑地をつなぐ取組みをおこなっています。
環境省「自然共生サイト」に認定
2022年3月に世界が推進する2030年までに各国の陸域・海域の30%を保全する取り組み「30by30」に貢献するべく、環境省30by30アライアンスへ加盟し、2023年10月には同省より「自然共生サイト」として認定されました。「自然共生サイト」は、生物多様性の価値を有し、事業者、民間団体・個人、地方公共団体による様々な取り組みによって、生物多様性の保全が図られている区域を国が認定するものです。これに合わせて共存の森はOECM国際データベース(※)に登録されます。
(※)30by30の達成を目指すため国立公園等の拡充のみならず、里地里山や企業林や社寺林などのように地域、企業、団体によって生物多様性の保全が図られている土地をOECM(Other Effective area-based Conservation Measures)として国際データベースに登録し、その保全を促進していきます。(環境省HPより)
国、地方自治体の構想
ガン、カモ類やクジラなど国境を超える国際レベルのスケールから、タカなどの猛禽類やキツネなど地域レベルのスケールまで、様々なレベルでのネットワーク構築が望ましいとされています。
一般社団法人いきもの共生事業推進協議会
一般社団法人いきもの共生事業推進協議会が運営する第5回「いきもの共生事業所®」に【エコアイディア工場びわ湖「共存の森」】が認証されました。
しが生物多様性取組認証制度について
草津事業所が立地する滋賀県では2018年度より、「しが生物多様性取組認証制度」が始まりました。
この制度は、生きものを守り、自然資源を持続的に利用した事業活動に滋賀県が応援するために実施された制度で、取組項目数に応じて、1つ星~3つ星で滋賀県知事から認証をいただき、認証マークを広く経済活動に利用することができます。
草津地区事業所の「共存の森と周辺環境を結ぶエコロジカルネットワーク構想」に対する様々な取り組みを認めていただき、「しが生物多様性取組認証制度」の2018年度認証者として、2018年度認証マーク(3つ星)の認証を頂きました。
草津拠点 共存の森について
「共存の森」は、「地域の生物多様性への貢献」及び「景観保全」を目指すパナソニックの「エコロジカルネットワーク構想」の重要緑地と位置づけ、生きものの生息に配慮した保全活動をおこなっている緑地です。
保全活動では、樹林や草地、水辺など複数の環境タイプを有する周辺地域の里山モデルとし、社員ボランティアによるコナラ(どんぐり)の苗木の育成・植樹活動等を推進しています。
また、維持管理には専門家によるモニタリングにより、定量的に緑地の質を評価すると共に、社員による指標生物の用いた緑地管理、特定外来生物等の監視、地域種苗を用いた保全活動をおこなっています。
草津工場における環境保全活動について
保全目標:周辺地域を含めた生物多様性保全の保全
瀬田丘陵は、薪炭林として、アカマツやコナラを中心とする樹林が発達すると共に、灌漑用に作られた大小のため池が丘陵沿いに配置され、水辺から樹林へとつながる複数の環境タイプを有しており、地域の生態系の中で高次消費者と位置づけられるオオタカやキツネをはじめ、一生涯のうちで水辺と樹林の両方を利用するカスミサンショウウオなどの両生類やトンボ類が生息。都市化が進む地域の生物多様性保全の核となっています。
保全活動の実施にあたっては、工場全域の動植物調査に加え、周辺地域の里山を調査し、草津工場の中で、生きものの生息に最も貢献できるポテンシャルを有する緑地を重要緑地と位置づけ「共存の森」として、樹林や草地、水辺など複数の環境タイプを有する周辺地域の里山をモデルとし保全活動をおこなっています。
社員参加による保全活動
「共存の森」の保全にあたっては、地域の植生に対応した樹木による里山再生をベースとし、野鳥などにより運ばれた種による実生苗の育成のほか、工場の敷地内に自生しているコナラからドングリ(堅果)を採取し、それらを社員の家庭で苗木に育て共存の森の樹林再生エリアに植え付けをおこなう「森の里親活動」を推進しています。
維持管理活動について
モニタリングの実施
「共存の森」における里山環境の再生状況を定量的に把握するために、植物、昆虫、水生生物を対象として、専門家によるモニタリングを継続しておこない保全計画に反映しています。
JBIB いきもの共生事業場ガイドライン(土地利用通信簿の活用)
工場内緑地の維持管理にあたっては、JBIB いきもの共生事業場ガイドラインを活用する共に、土地利用通信簿による評価を継続しておこないます。
特定外来生物等への対応
現在、「共存の森」で確認している外来生物の中には、ウシガエルやアメリカザリガニなど、地域本来の生態系に大きな影響を与えるものが含まれており、これらの生きものは、維持管理の中で適宜捕獲をおこなっています。また、植物においても影響度合いを勘案し、同様に対応をおこなっています。
なお、アライグマ(特定外来生物)の生息が周辺の里山で確認されていることから、これらの侵入を監視すると共に、発見した場合は行政機関に通報するなど、適切な対応をおこなっています。
モニタリングレポート(2011年~2016年)
2011年にスタートしたモニタリング調査に基づく森の維持管理と生きものを指標とした地域生態系への影響評価について、2016年までに得られたデータを集約したものです。
共存の森の生物多様性について
- 共存の森にくらす動植物:840種(29%)
- 工場敷地全域:955種(33%)
※( )内の数字は「草津市の自然2014」で確認された種数に対する割合
共存の森では2016年までに840種の動植物が確認されており、これは草津市で確認されている種数の約3割に相当します。草津市の面積が約6,800haで共存の森が約2.6haであることを踏まえると、共存の森の面積当たり種数は極めて多いといえます。
分類群ごとの特徴としては、哺乳類は草津市で確認されいる約7割の種が確認されており、宅地開発が進む草津市内においても共存の森は重要なビオトープであることが裏付けられます。
共存の森の注目種
を表示している種は、滋賀県、近畿、環境省のレッドデータブックに掲載されている種です。
カヤネズミ(哺乳類)
草地を利用する小型のネズミ。ススキ、チガヤ、スゲ類等に毎年営巣。
ハイタカ(鳥類)
共存の森の生態系の頂点に立つ猛禽類。越冬期に餌場として利用。
ササゴイ(鳥類)
水辺を餌場として利用。工場緑地内で営巣も確認。
ニホンカナヘビ(爬虫類)
設置されたウッドデッキで日光浴をする。草地の昆虫を餌としている。
コノシメトンボ(昆虫)
成虫の生育場所として利用。滋賀県では個体数が少ない。
オオキンカメムシ(昆虫)
秋から冬に確認される。詳細な生態は不明。
アサギマダラ(昆虫)
長距離を飛んで移動する蝶。海を渡ることもある。
ショウリョウバッタモドキ
(昆虫)
背の高いチガヤ草地を好む。滋賀県での生息は限られている。
ユミアシゴミムシダマシ(昆虫)
朽木を食べて土にかえす。森のそうじ屋の役割
ヒメミソハギ(植物)
一年生の小型の水田雑草。かつての水田地帯の名残。ビオトープ整備後に出現。
タチコウガイゼキショウ(植物)
多年生の湿生植物。一時的な水域で確認。滋賀県では分布記録が乏しい。
コマツカサススキ(植物)
湖東や湖南地域の湿地を代表する植物。ビオトープの整備後に出現。
キハダ(植物)
鳥によって運ばれて定着した樹木。しかし周辺に自生地が無い。アゲハ類の食草で、既に幼虫も確認。
タブノキ(植物)
この地域の自然林を構成する樹木。果実食鳥類によって種子が散布される。
共存の森の食物連鎖
共存の森の生物多様性の最大の特長は、草地、水辺、樹林といった異なる生態系が併存し、多くの種が様々な種間関係を通して共存していることです。
樹林:エノキ、タブノキ、アラカシといった生産者である植物はチョウ類や昆虫類といった消費者の餌資源になっており、アカネズミ、ヒヨドリ、コゲラとは餌資源だけではなく、種子を運んでもらえる点で共生関係が成立しています。
水辺:樹木のリターを食べるユスリカ類がトンボ類の餌資源となり、また植栽されたスゲ類はトンボ類の産卵や隠れ場所として重要な役割を担っています。
草地:チガヤとヒヨドリバナといった生産者が起点となり、前者は多くの草地性昆虫の生息場所として、後者は訪花性昆虫と吸蜜させる代わりに花粉を運んでもらう共生関係が成立しています。そしてそれら草地性昆虫を捕食するモズが周年で見られます。
各生態系を横断的に利用するキツネ、アオダイショウ、ハヤブサ、ハイタカといった上位の消費者が共存の森の生態系の頂点として位置づけられています。また消費者である動物や生産者である植物を分解し、土壌にかえす役割をオオヒラタシデムシ、ミミズ類、キクラゲといった分解者が担っています。
順応的管理による生物多様性の向上
在来種の保全と、外来種の抑制
2011年に共存の森やビオトープの整備をおこない、順応的管理をスタートしました。2013年からは外来種の増加に伴い、選択的な除草を開始し、その結果、外来種の繁茂を抑え、在来種の定着を促すことで、地域本来の植物相を維持することができています。
共存の森の在来植物と外来植物種数の推移
在来植物と外来植物種数の推移表
年 |
2011 |
2012 |
2013 |
2014 |
2015 |
---|---|---|---|---|---|
在来種 |
159 |
214 |
257 |
233 |
233 |
外来種 |
51 |
57 |
68 |
63 |
49 |
除草対象種(侵略的外来種)
草地
オオスズメノカタビラ、オニウシノケグサ、アメリカフウロ、セイタカアワダチソウ、ブタナ、オオアレチノギク、ヒメムカシヨモギ、メリケンカルカヤ、コセンダングサ、ナギナタガヤ、シナダレスズメガヤ、ヨウシュヤマゴボウ、ネズミホソムギ、ヒメジョオン
樹林
トウネズミモチ、ヒイラギナンテン
水辺
シナサワグルミ、アメリカセンダングサ、メリケンカルカヤ
保全対象種
草地
- (地域性):チガヤ、オオチシバリ、ヒヨドリバナ、カンサイタンポポ
- (希少性):タチスゲ、オトギリソウ
- (餌資源):ガガイモ、メドハギ、カタバミ
樹林
- (地域性):エノキ、ムクノキ、コナラ、イソノキ
- (希少性):ウワミズザクラ、キハダ、イヌビワ、フユノハナワラビ
- (餌資源):サンショウ、カラスザンショウ、タブノキ
水辺
- (地域性):チゴザサ、コマツカサススキ、アゼナルコ、アブラガヤ
- (希少性):キカシグサ、アカバナ、アキノウナギツカミ
- (餌資源):セリ
水辺の環境維持によるトンボ類の多様性
共存の森では、新たに水路が設けられ、それらの護岸にはスゲ類等の多くの水生植物が植栽され、水域と陸域のエコトーンが形成されました。その結果、既存のヨシ群落、コンクリート水路、調整池も含めそれぞれの環境が異なる水域が創出されました。
トンボ類は、水辺を繁殖場所にしますが、種類によって好みの水辺環境が異なります。
共存の森には、植生、流速、規模が異なる多様な水域があるため、それぞれの環境に対応して多くの種のトンボ類が生息しています。
水辺ビオトープ
水辺ビオトープだけで確認されたトンボ類
ホソミオツネントンボ、キイロサナエ、アオイトトンボ、オニヤンマ、キイトトンボ、ショウジョウトンボ、ハラビロトンボ、マルタンヤンマ、ナツアカネ、マユタテアカネ
貯水池
貯水池だけで確認されたトンボ類
オオアオイトトンボ、コオニヤンマ、ウチワヤンマ、コシアキトンボ
水辺ビオトープと貯水池の両水域で確認されたトンボ類
アジアイトトンボ、アオモンイトトンボ、シオカラトンボ、クロイトトンボ、オオシオカラトンボ、モノサシトンボ、ウスバキトンボ、ハグロトンボ、チョウトンボ、クロスジギンヤンマ、ギンヤンマ、アキアカネ
落葉樹林での発芽、生残促進
共存の森では、低木類を植栽し、発達させたことで、多くの鳥類が共存の森を利用するようになり、草刈や選択的な除草により林床の繁茂が抑えられ様々な実生が観察されるようになりました。そこで、樹林の下に生える高さ1mほどの下草を抑えることで実生の発芽や生残密度がどのように変化するかを調査しました。
その結果、落葉樹林下においては維持管理によって林床植生を抑えることで実生の発芽、生残を促すことが確認できました。。
刈り残しによる草地性昆虫の多様性向上
共存の森では、多年生のチガヤ群落やヒヨドリバナ群落、一年生のメヒシバエノコログサ群落といったさまざまなタイプの草地が順応的な管理によって維持されています。これらの草地は定期的な草刈や選択的な除草を停止すると構造や組成が大きく変化することが予想されます。
そこで、試験的に通常の草刈り範囲内の一部で刈り残しおこない、草地構造の変化を調査しました。
結果として、草地環境を維持するためには草刈りが必要になりますが、部分的に刈り残す場所を設けることで、昆虫の種数や、個体数が増加し、草地全体での生きもの多様性を向上させることができます。
共存の森とエコロジカルネットワーク
鳥と植物の共存関係
2015年に実施した共存の森の植物相調査結果を種子散布形態別にみると、植物種282種のうち、動物散布は全体の4割となる106種と多いことが明らかになりました。さらに動物散布種の内訳をみると、被食型が最も多く、全体の7割(76種)を占めています。
共存の森で果実を食べる動物としては、タヌキ等の哺乳類もいますが、その多くは鳥類です。そのため現在の共存の森の植物相は果実食鳥類による種子散布に大きな影響を受けていると考えられます。
鳥によって散布された種子と実生の発芽
共存の森に設置したシードトラップにより回収された鳥散布型植物は、合計41種で、ヤマハゼ、アカメガシワ、ウバメガシ、タラノキの順に多くの種子が回収されました。
- 果実を食べる鳥:13種
- 鳥が運んだタネ:41種
- 鳥由来のタネの芽生え(樹木):17種
共存の森の植物相調査で確認されていない種としてアオハダ、トウグミが、また結実個体が確認されていない種としてトウネズミモチが確認されました。これらの種は、果実食鳥類によって外部から共存の森に運ばれた種と考えられます。
鳥の種子散布によるエコロジカルネットワーク
共存の森を中心に、近くの生きものがいないスペース(街路樹や住宅地、他の工場緑地、緑地公園など)に共存の森産の苗木を植栽します。
苗木の生長と共に共存の森から果実食鳥類が飛来するようになり、そこでさらに多様な種子が散布されることで植物種が自然に増加します。そして木々が生長していくことにより、共存の森以外のビオトープからも果実食鳥類が往来し、種子が相互に散布される中で更なるビオトープが形成されていくようになります。
このように、鳥による種子散布には、緑地の少ない都市部のエコロジカルネットワークを形成し、強化するポテンシャルを持っています。
その他ネットワークを指標する種
分類群:トンボ類
指標性:成虫は移動能力が高く、幼虫は生育場所として水域を利用する。水域エコロジカルネットワークの指標生物
分類群:チョウ類
指標性:成虫は移動能力が高く、成虫の蜜源や幼虫の食草は、種によって異なる。緑地エコロジカルネットワークの指標生物。
分類群:哺乳類
指標性:夜行性の種が多いため、ほとんど目にすることができないが、都市の緑地を巧みに利用している。より広い範囲の緑地エコロジカルネットワークの指標生物。
共存の森の現状の評価
共存の森の維持管理によって在来種を主とする多様な植生が維持されています。
それに伴い、陸生昆虫類や鳥類の多様性が高く、さらにチョウ類、トンボ類、鳥類が共存の森と周辺緑地を行き来していることや、鳥による植物の種子散布が確認され、共存の森と周辺緑地をつなぐエコロジカルネットワークの存在が確認できました
引き続き順応的管理によって外来種の防除を行い、生物多様性の向上に向けた取り組みを進めてまいります。
用語について
生物多様性:
ある地域における生きものたちの個性とつながり。3つのレベル(生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性)で説明されています。
順応的管理:
不確実性や非定常性が高い生態系を絶えず監視しながら管理し、新たな知見をフィードバックして管理計画を見直していく手法。
エコロジカルネットワーク:
生きものの生息地・繁殖地を相互に緑地などの回廊(コリドー)でつなぎ、生きものの生息空間の確保を目指すものです。
地域性種苗:
その地域に自生している樹木から採取され、採取場所や採取月日などの履歴が確かな植物。